事業用賃貸物件の「原状回復義務」とトラブル回避策

~契約前に押さえておきたい重要ポイント~

はじめに

事業用物件の賃貸借契約において、入居時の費用や条件に目が行きがちですが、退去時の「原状回復義務」に関する理解が不十分だと、思わぬトラブルや想定外のコストに直面することになります。

居住用物件と違い、事業用賃貸には「原状回復」の範囲が曖昧になりやすく、貸主と借主の間で見解の相違が起きやすいのが現実です。今回は、私たちが日々現場で直面する実例や、トラブルを未然に防ぐためのポイントも交えて、事業用物件における原状回復の考え方と回避策を徹底解説いたします。


原状回復義務とは何か?基本の理解

「原状回復」とは、簡単に言えば「借りたときの状態に戻して返す」という義務です。ただしこの“借りたときの状態”が何を指すかは、事業用物件において非常に広範であり、解釈の違いがトラブルの原因になります。

居住用と事業用の大きな違い

項目 居住用 事業用
法的な保護 借地借家法により借主保護が強い 特約による自由な合意が優先
原状回復の範囲 通常損耗は除外されることが多い 契約により広範囲に設定される
スケルトン戻し 原則なし 原状回復の前提になるケースあり

特約条項がすべてを決める

事業用賃貸では「契約自由の原則」が基本。つまり、契約書に明記された内容が優先されます。とりわけ、以下のような特約条項がある場合、退去時の負担が大きく変わるため、事前のチェックは欠かせません。

1. スケルトン返し(スケルトン戻し)

スケルトンとは、壁・床・天井・設備などをすべて撤去し、躯体剥き出しの状態に戻すことを指します。

  • 主に店舗物件に多い

  • 内装工事費が数十万〜数百万円にのぼることも

  • 設備ごとの取り扱い(エアコン・照明など)を明記することが重要

2. 内装譲渡なしの明記

「内装をそのまま残していっても良いのでは?」と考える方もいますが、契約上に内装譲渡に関する条項がなければ、原則撤去対象です。中には「残す場合でも撤去費相当額を請求する」といった貸主もいます。

3. 現状変更の承諾義務

内装・設備に手を加える際、事前の貸主承諾を求める契約もあります。許可を得ずに施工すると、修復義務や損害賠償リスクを抱える恐れがあります。


工事費用と退去時の注意点

見落としがちな工事項目

退去時に「思った以上に費用がかかった」という声の多くは、下記項目が想定外だったケースです。

  • 電気・ガス・水道の引き込み部分撤去

  • 看板や外装サインの除去

  • 厨房や水回りのグリストラップ撤去(飲食店)

  • 空調機器の配線・配管撤去

相見積もりと業者の選定

貸主指定業者による原状回復が義務付けられている場合、価格交渉の余地がありません。そうでない場合は、複数社から見積を取り、工事内容とコストの妥当性を確認するのが得策です。


よくあるトラブル事例と回避策

【事例1】「壁紙と床だけでいいと思っていた」→100万円超の請求

背景:オフィスを退去した際、入居時に設置したパーテーション・照明・エアコンも原状回復対象とされ、貸主から撤去費用と清掃費を一括請求された。

回避策

  • 契約前に「原状」の定義を確認し、具体的な写真・図面で合意を得る

  • 入居時の状態を記録・保管(写真・動画)

【事例2】「後からスケルトン返しを要求された」

背景:契約書に明確な記載がなかったため、退去時に貸主側が「全面スケルトンにして返してほしい」と主張。

回避策

  • スケルトン返しがあるかを契約書で明確化

  • ない場合でも、覚書や追加条項で曖昧さを排除


契約前に確認すべきチェックポイント

チェック項目 確認すべき内容
原状回復条項 スケルトン返しか、残置可か
設備譲渡の可否 内装や備品を次の借主に譲渡可能か
工事業者指定 貸主指定か、借主が選べるか
写真・図面 入居時点の状態の保存が可能か
特約の文言 曖昧な表現(例:「常識的範囲で」「必要に応じて」)がないか

私たちの取り組み:トラブルを防ぐ契約支援

私たちは、事業用物件を仲介する際に、原状回復の条件を「契約前に徹底的に確認・可視化」することを徹底しています。内見時の動画記録、契約書チェック、借主様への事前説明の三位一体で、貸主・借主双方にとって誤解のない契約を目指しています。

また、退去時に内装譲渡や造作売買を希望される場合には、後継テナントの紹介や価格交渉もサポートし、「撤去せずに価値を引き継ぐ」方法もご提案しています。


まとめ:原状回復の理解が良好な関係をつくる

退去時の原状回復は、単に物件を「元に戻す」だけではありません。その対応一つで、貸主との関係性、事業の終え方、次のスタートの準備が大きく左右されます。

だからこそ、契約時の“読み飛ばし”をせず、一文一文にしっかりと向き合う姿勢が重要です。私たちは、「誠実な取引をしよう」という行動指針のもと、将来のトラブルを未然に防ぐ仲介とサポートに努めています。

事業用物件の選定・契約・管理は、すべて“未来の経営”につながっています。安心してビジネスに集中するためにも、契約条件の一つひとつを戦略的に判断していきましょう。